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 循環型木質バイオマスエネルギー構築事業
 国内最小、木質ペレット燃料生成機械
 TomsouyaTPX001システム

 いまは激動の時代である。
 モノが売れなくなって久しい。

 下がり続ける物価に対して
 中小、零細企業の私たちは
 あらゆる智恵を出し、
 汗をかきながら
 精一杯の抵抗をしてきた。

 しかし、

 最近の原油価格の高騰で
 またもや苦境に立たされようと
 しているのではないだろうか。

 この十数年間を振り返ると

 次から次に難問が降りかかり、
 まさに平成デフレ大不況と言っても
 おかしくないくらいだ。

 いまだに出口が見えない。

 しかし、少し歴史をさかのぼって
 調べてみれば

 先人たちはこういう困難を
 いくつも乗り越えて
 克服している。

 彼らが頑張ってくれたから
 今日の日本の繁栄がある。


 要は、汗を出し、
 かつ頭を働かせることである。

 
立ち止まったら負けである。

 豪商、大商人、長者、大金持ち・・・
 このように称される成功者は

 いずれも

 他人よりも先を読める先見力!!
 不屈の根性!!
 正しい金銭感覚!!


 この三つを持ち合わせている。

 これを称して、
 
「始末、才覚、算用」
 大阪商人はいう。

 この三つが大阪商人の基本哲学で、
 発想の根源であり、
 商売繁盛のために
 心がけていたことだ。

 確かに、この三拍子が揃えば
 成功は間違いないだろう。

 こう口で語るのは易いが
 実行に移すのは
 なかなかエネルギーがいる。

 私も富夢創家を起業して、
 もう直ぐ12年になるが、

 時代に翻弄されたというか、
 ここに至るまで
 訓練をしてきたというのが
 正直な感想でもある。

 そして、こうして
 私の11年間を振り返ると

 世の中が変わっても
 変わらぬ原理原則がある。


 新しさだけを追ってもダメだ。

 新しいのは勿論、大事だが
 そこに古さも必要だ。

 進取と保守のバランス。

 願わくば、あなたも
 私の起業した富夢創家が行う
 これからの事業に
 共感してほしい。

2008(平成20)年元旦
富夢創家 小池泰道 


    
 循環型木質バイオマスエネルギー構築事業
 木質ペレット燃料発電システム
 2008年初夏発売

 
好きな仕事がいいに決まっている!!
 
行列のできる! 富夢創家になろう!!
 
 ●目次
 はじめに
 現在の日本国が、世界の国のお手本になっています。
 日本の工業化社会が世界中に広がる時代です。
 簡単に言えば「立ち止まったら負け。」なのです。
 現代は経済が人の行動規範を決める時代になっています。
 伊達藩を救った山片幡桃。
 知識が集まるところが栄えるのは自然の理。
 あなたにとって好きな仕事を見つけてほしい。
 好きな仕事がいいに決まっている。
 富夢創家‐トムソウヤとよんでください。
 毎年1万5千人もの有能な経営者が自殺する時代。
 ヤミ金融。
 ああ・・・カード、ローン破産!
 生きるのが嫌になったら上海に逃げてください。
 石油が枯渇することによる社会不安の増加が、日本の環境問題です。
 現代農業は石油に依存しきっている。
 石油が枯渇すれば地球を温暖化する手段を失う。

 guide001
 富夢創家倶楽部加盟店募集!!
 日本全国各県1〜2社程度


 guide002
 バブルへGO!! 商売繁盛へGO!!
 産業視察in上海


 appendix
 これから富夢創家倶楽部に参加される
 あなたに贈る経営者の心得6か条。


 頭から煙が出るほど考えてみないか。
 もっと恥をかいてもいいじゃないか。
 オカネに執着する生き方はステキだ。
 ときにはオカネを忘れて仕事に没頭してみるのもいい事だ。
 自分に投資するのを惜しんではいけない。

 繁栄の原理を知ることで商売繁盛になる。



 週末ハウス自然丸太ログハウス 
 φ270以上の自然木を使用する。


● はじめに

 日本が敗戦後、築き上げてきた
 経済の高度成長期の頂点だった1989年以降の、
 バブル経済が崩壊していく時代の、
 1996年2月10日にスタートした富夢創家です。

 起業時に標榜した
 「すてきな街づくり、ゆとり、くらしづくり。」を
 富夢創家の企業存続の大義とし、
 この事業理念の実現に向けて、
 ただひたすらに邁進した11年間だったと
 自負しています。

 起業から約3年目に、
 当時160店舗を要する大手DIYチェーンストアと
 取引が始まり、
 当時、富夢創家の主力商品だった
 ミニログハウスを納品するようになりました。

 当時、大手ホームセンターに
 納めていたミニログハウス
 富夢創家の定番商品TF-01

 現在のTF-60C

 納品当初の1店舗での実験販売が
 大成功したことで、
 取り扱い店舗数も5店舗、10店舗、
 50店舗と次第に増え、
 それに比例して売上も
 増えていったのですが、

 そのことが富夢創家の経営を
 次第に圧迫するようになります。

 最大の理由は、
 取り扱い店舗が増えたことで人件費がかさみ、
 その他の無駄が多くなったからです。

 また、店舗数が増えるに従って
 小売単価も下げられ、

 元々がギリギリでの価格設定だったことで、
 店舗数が増えたことで
 かさんだ人件費と無駄が、
 この薄い利益を
 圧迫していくことになりました。

 売上は拡大するが利益の無い状態で
 「このままでは潰れる・・・。」と、
 もうダメだ、もう辞めようと
 何度も思いました。

 しかし、諦めるのはまだ早いと思い直し、
 起死回生の策として、
 製造過程でのコストダウンを図る目的で、
 海外に活路を求め、
 NZを手始めに、中国へと渡っていくのです。

 1999年当時、
 NZの安い木材単価には惹かれましたが、
 製造と流通のトータルコストで考えると、
 福岡で製造するのと
 ほぼ同じだったこともあり、
 ここでの生産は諦めました。

 日本のバブル経済が崩壊したころ
 世界経済で台頭してきたのが中国でした。

 天安門事件以降の一時期、
 外資系企業が中国から離れていたのですが、
 香港の中国返還がスムーズに運び、
 ここを境にして
 再び外資が中国大陸に戻り、

 中国経済も活況になっていくという時代です。



ログハウス事業関連記事

どうして、うちの会社は
特色が出せないのだろう?

これ以上コストは落とせないし、
他社は何であんなに繁盛することが
できるのだろうか・・・?

 『行列のできる工務店をつくろう。』
 ローコスト・ログハウスでいこう!

 <<<クリック>>>



 ログハウス事業記事 
(2007年10月25日)
 
 はい、確かです。
 

 『やりたくない営業はやらないほうがいい。』
 『誰がやっても売れる仕組をつくろう。』
 営業しないでも売れる工務店をつくることで、
 富夢創家は日本で一番、
 ログハウスを供給するメーカーになれる。

  <<<クリック>>>



 建築中の自然丸太ログハウス
 φ270以上の自然木を使用します。

 最初に中国に渡ったときは、
 福岡国際空港から
 上海虹橋国際空港まで約90分、

 飛行機を降りて
 入国手続きを済ませるのに
 約105分かかったというように、

 飛行機に乗っている時間より
 地上に降りてからのほうが、
 時間がかかりました。

 このエピソードは、
 その後を暗示させる
 始まりでもありましたが・・・。

 当時、
 人件費の安い中国でモノを作って、
 日本で売れば儲かる。

 このビジネスの法則が、
 破竹の勢いで伸びるユニクロの成功で
 実証されていました。

 これを富夢創家の
 製品の製造に応用すれば
 いけるのではないかという
 淡い期待もありました。

 中国関連の書籍を
 片っ端から読んだり、

 中国に詳しい人に聞いたり、
 中国関連の貿易セミナーに参加して、
 ある程度の知識を持ってから
 行動に移したのですが、

 現実は戸惑うことばかりでした。

 何度やっても繰り返す失敗、
 やればやるほど手抜きが多くなり、
 失態は数知れず、

 しかし、

 そのことに対して当事者は
 たいして、悪びれることはなく、

 時には開き直って
 (現在でもそうですが・・・)
 しかたないじゃん(メイ・バン・ファン)を
 連発したのです。

 彼らは間違いに対して
 絶対に謝ることはないのです。

 このような態度に、
 この国との貿易の難しさを
 痛感しているのですが、

 南の福建省、福州市を始まりに、
 旧満州地区の遼寧省、

 長江デルタ地域の浙江省、
 そして上海市と

 沿岸地域を転々とし、
 紆余曲折を繰り返しながら
 最適地を探しました。

 そして、

 日本から彼らを
 コントロールすることは
 絶対に無理と判断し、

 日本・福岡から中国・上海に
 拠点を移したのです。

 住めば都、どの国でも1週間、
 あるいは1ヶ月もすれば
 馴染んでくるのですが、

 この国では、
 いまでも不思議に思うことが
 多々あります。

 仕事である以上、
 どうしてもここに住まなければ、
 こことの商売が
 成り立たないのも現実です。

 創業当初につき合わせていただいた
 大手ホームセンターですが、

 やっても、やっても
 利益を生むことがなく、
 福岡工場の閉鎖とともに、
 商材を問屋さんに譲る形で
 撤退しています。



 福岡県立英彦山青少年自然の家キャンプ場に、
 ミニログハウス12棟を納めました。

● 現在の日本国が、世界中の国のお手本になっています。


 政治的なお話は、普段の商売には
 あまり関係ないことですが、
 ここで近代史のおさらいを
 少ししておきましょう。
 
 知らないよりは知っていたほうが
 いいという程度で・・・。

 いまから約61年前の8月15日に、
 太平洋の覇権をかけて
 アメリカと戦った大日本帝国は
 敗戦により瓦解しました。

 ペリー来航により約25年間かけて
 時代に合わせた政権を
 作り直した先人たちです。

 約250年間続いた徳川政権が崩壊し、
 長州と薩摩の連合軍による
 天皇を御旗にしたクーデターが、
 無血入城という形で成功し、

 徳川政権から明治天皇に
 大政奉還されます。

 それまでの幕藩体制を捨て、
 天皇を中心にした中央集権国家として
 日本国はひとつになり
 大日本帝国になります。

 西欧の植民地支配から逃れるため、
 それまで築き上げた前例や常識を捨て、
 明治維新を強行に敢行し、
 富国強兵を旗印に全国民が
 一丸になっていきます。

 第二次世界大戦の敗戦は、
 ペリー来航から100年近くをかけて
 営々として築き上げた財産が
 一瞬にして無くなった日です。

 それは満州、朝鮮半島をはじめとする
 大陸の財産はことごとく
 戦勝国に召し上げられ、

 日清戦争の勝利で割譲された台湾や
 日露戦争での勝利で確定された
 北方4島や樺太諸島などもなくなり、
 沖縄もアメリカの植民地となり、

 日本の太平洋での覇権は完全消え、
 ただ4つの島国だけでの
 再出発となったのです。。

 政治が悪いと国民が不幸になるという前例です。

 先が見通せずに、前例に習った政治を
 推し進めたがゆえに後戻りできず
 起きた惨劇なのですが、

 このことによって
 実質的な政策の実行者である官僚たちが
 敗戦の責任をとったかというと、

 戦後もそのシステムは
 ゾンビのように生き延びて、
 今日の日本国に組み込まれていると
 言わざるを得ないようです。



 富夢創家の初期の製品 TF-100RC
 ミニログハウスを店舗に使用。
 写真はサーフィンショップ

 日本は世界中の誰もが負けると思った
 日清戦争に勝利します。

 そのことで日本は
 西欧列強に肩を並べるまでに
 発展していくのですが、

 朝鮮半島の覇権を巡って
 当時のロシアとの対決が必至となり、
 戦わなければ属国になる運命でした。

 明治維新、日清戦争と続き
 凱旋気分があるなかでの
 いやいやながら
 戦いを始めてしまったのが
 ロシアとの日露戦争でした。

 白人優位論が世界の常識の時代です。
 こんどこそ日本は負けると
 世界中から言われています。

 しかし、

 ロシアのバルチック艦隊を殲滅し、
 二百三高知で勝利し、
 日露戦争に勝利したのです。

 中国をはじめアジア各国が、
 白人たちに凌駕され、
 搾取され続けるなか、

 日本だけが彼らに毅然と歯向かい、

 富国強兵を旗印にして欧米に挑み、
 随分と無理をして頑張った結果が、
 アジアで唯一、
 列強に肩を並べられるようになった
 大日本帝国でした。

 19世紀から20世紀初頭の世界情勢は
 白人至上主義で植民地時代です。

 貧乏だと、無茶をしないと
 生き延びられなかった時代でした。

 大東亜戦争、太平洋戦争は
 アジアの開放だと、
 日本は本気でした。

 当時の国家予算の50%を使って
 台湾や朝鮮、
 あるいは満州国の開発をしています。

 他の国の植民地支配が、
 ただ搾取するだけだったのに対して、
 日本は国を育てるという
 意識があったのです。



 富夢創家のポスト&ビーム工法
 大きな柱と梁の構成が魅力です

 その大日本帝国が瓦解し、
 新しく日本国となるのですが、

 戦勝国のアメリカは当初、
 新生日本を三流国の農業国として
 二度と立ち直れないようにしようと
 画策しています。

 しかし時代が変わり、帝政ロシアが倒れ
 共産主義国家・ソ連となり、
 自由・民主主義国家アメリカとの
 イデオロギーの対立が先鋭化し
 二強の時代になっていました。

 日本が去った朝鮮半島では、
 自由主義国家を標榜する大韓民国と、
 共産主義国家を標榜する
 朝鮮民主主義人民共和国に別れ、

 またもや、
 その朝鮮半島の派遣を巡って、
 今度は朝鮮半島の同一民族同士で
 戦争が勃発するのです。

 敗戦国になった日本は、
 アメリカの尖兵となって
 アジアを監視する基地的な役目を
 負わされそうになるのですが、
 第二次世界大戦に負け、
 完膚なまでに負けた日本です。

 日本国民全体が
 「二度と戦争はしない。」と決め、
 再出発をはじめたばかりでした。

 とうぜん世論は
 軍隊を持つことを許すはずもなく、
 アメリカの要求を拒否し、
 ただひたすらに
 経済的な復興を目指すのみでした。

 戦勝国のフランスやイギリスは
 第二次世界大戦の借金で
 ほぼ行き詰まり、
 そして、戦後の民衆の一斉蜂起で
 その植民地の大部分を失い、

 中国も戦後の内戦で疲弊するなか、

 ともすればアメリカの奴隷となっても
 おかしくなかった敗戦国の日本が、
 これらの戦勝国を凌駕するという、
 それまでの人類史上にない
 離れ業をやってのけてます。

 日本国民は二度と戦争をしないと誓い、

 軍事力増強はアメリカに任せ、
 ただ経済的に豊かになりたいと、
 我武者羅に頑張って働きました。

 その結果が今日の
 世界第2位の経済大国です。

 石油も天然ガスも無い、
 鉄鉱石もレアメタルも無い、
 地下資源が全く期待できない
 資源小国で、

 周りを海に囲まれた島国で、
 いつ世界の発展途上国になっても
 可笑しくない環境でありながら、

 その全く資源が無いことを
 逆手にとって、
 勤勉と頭脳のみで、
 現在の繁栄を実現させた日本です。



 富夢創家のポスト&ビーム工法
 仮組み中

● 日本の工業化社会が世界中に広がる時代です。


 敗戦後の日本の繁栄をお手本にして、
 中国をはじめ、インド、ロシア、
 ブラジルなどの新興国が、
 経済を重点的に発展させています。

 これら発展する国の節目、節目の
 行政の決断を観察すると
 
なるほど・・・。
 納得させられることは多々あります。

 資源がなくても経済発展ができて、
 そして自国民が豊かになると
 為政者が理解できれば、

 これからどんな国も、
 まず思想や信条は横において
 豊かになるように
 経済を発展させる選択をしていきます。

 現在、繁栄を享受する日本国が、
 世界中のお手本にされているのは、
 だれもが豊かになりたいと
 思うときの道理であり、

 それは簡単に言えば
 
当たり前のこと。なのです。

 日本の工業化社会は、
 敗戦によって一から出直しとなり、

 その見本は戦勝国の
 アメリカでした。

 それは大量生産と大量消費なのですが、
 日本人はアメリカに
 追いつけ追い越せと、
 さらにこの手法を発展させます。

 日本の工業化社会を、
 簡単に言えば、
 至れり尽くせりの技術です。

 例えばTOYOTAの車です。

 走って目的地に着けば
 事足りるのが『くるま』ですが、

 それが、

 より燃費がよく、より快適であるという
 付加価値を至上命題にして

 日月進歩、日々発展を自らが掲げ、

 燃費の面では
 ハイブリッドエンジンを搭載した
 燃焼効率の良いシステムを
 他社に先駆けて搭載し、

 快適の面では
 カーラジオに始まり、カセット、CD、
 ワーウンドウにパワステ、
 カーナビ・・・と

 本来は移動に必要のない技術や
 大型車、高級車にしか
 使えなかった技術を、
 エントリーカーにまで搭載し、

 そして安価で提供し、

 いまでも、カイゼンを続け
 その究極を目指しています。

 それが正しいことなのかは
 後世の歴史家の判断でしょうが、

 明らかに現時点では
 TOYOTAのいつまでも終わらない
 至れり尽くせりの技術革新が
 正義になっています。

 繁栄するアメリカの象徴である
 自動車産業を追い越し、
 これから日本の自動車技術が
 世界一になる時代です。

 自動車産業だけではありません。

 家電を始め、ICも、
 その素材産業も、
 また鉄鋼の世界でも、

 そしてサービスにおいても、

 決して終わることの無い
 職人技とでもいうべき技術が
 世界中に浸透しています。

 人が幸せになるために
 磨かれる技術の研鑽が
 日本の強みなのでしょう。

 これから益々
 日本の工業化社会が
 世界中に広がる時代ですす。

 世界各地のの日本化が
 グローバルに広がっていく時代で、
 これからも日本だけが
 繁栄し続けると考えるのは
 如何なものなのだろうかとも
 思えてくるのです。



 富夢創家の螺旋階段
 一品生産品です

 富夢創家の始まりは工務店です。
 日本の産業では
 ドメステック(国内専用)の業界です。

 景気が良くなったと言われる日本ですが、
 この業界もご他聞にもれず
 苦しんでいます。

 この建設業界で景気がいいと言う
 経営者に会ったことはありません。

 日本はほんとうに
 景気が良くなっているのでしょうか。

 原油価格が1バーレルあたり
 100ドル近くで取引される現在、

 日本は石油製品の値上がりを
 覚悟する時代になっています。

 ガソリン価格は1年前の1.5倍です。

 このペースで値上がりすると
 2008年は225円/Lになるかも・・・と
 
 一抹の不安もよぎります。

 それだけではありません。

 石油の値上がりは
 即、石油製品の値上がりです。

 これからいろいろなモノが
 値上がりしていくのでしょうが、

 特に日本で製造される商品は
 悲鳴に近いものになっていくのは
 必至の状態なのではないでしょうか。

 一昨年末の実感の湧かない
 景気回復宣言に始まり、
 消費税の見直し議論と
 原油の値上がりによる
 石油製品の値上がりが、
 生活の不安の増幅というなかで、

 また富夢創家の置かれた
 建設業界の意見として、

 日本の全産業の30%の比率になる
 建設業界において
 近い将来、予想される
 大量の失業者対策などなど、

 日本が全世界のお手本であるのに、
 あまりにもお粗末な状況です。

 日本国は、これらの問題について
 抜本的な解決策を持っているのでしょうか。

 将来を語れない日本に
 未来はあるのだろうかと
 不安を覚えるのです。



 循環型木質バイオマスエネルギー構築事業
 富夢創家のペレット燃料生成システムTPX001
 国内最小を目指し、開発・実験から試運転の時期

● 簡単に言えば「立ち止まったら負け。」なのです。


 富夢創家では、2007年10月末に
 
マッハGO!!5!5!5!計画を策定し、
 実行に移しています。

 この計画で富夢創家事業の目的である、
 建設業界における第三の事業形態を創造し、
 
すてきな街づくり、ゆとり、くらしづくり
 事業理念の実現に向かって
 邁進しています。

 現在(2007年12月末)の
 富夢創家のおかれた状況や
 日本国の状況を鑑みますと、

 物が売れない。

 激動の時代と定義しても
 おかしくないでしょう。

 しかし、

 少し歴史を調べてみれば、
 こういう困難な時代を
 いくつも乗り越えて、克服して、

 私たちの先祖さまたちが
 コツコツと努力しています。

 そして、出来上がったのが、
 今日に続く「繁栄する日本」では
 ないのでしょうか。

 諸外国に比べて、勤勉な日本人です。
 世界で比較すれば、
 確かに資源が無い国土です。

 それでも世界をリードできるというのは、
 ただ真面目なだけではなく、
 頭も優秀であるという
 証左でもありましょう。

 敗戦後45年間続いた
 右肩上がりの経済の高度成長時代で、
 繁栄し続けた日本だったのです。

 バブル経済の崩壊以来
 「物が売れない」という
 未曾有の経験をしています。

 安ければ売れるとばかりに
 次々に物の値段が下がり、

 今日より明日、明日より明後日と
 物の値段は下がり続ける
 デフレスパイラルの
 20年間ではないでしょうか。

 人類史上、始まって以来、
 初めて「モノを作っても売れない。」という
 経験をしている日本人です。

 ここへ来て、原油価格の高騰になり、
 今度は石油製品がらみの値上がりとなり、
 景気の低迷に拍車がかかり、

 これから先の不安な状態を
 益々増長させる世相になっています。

 そのひとつひとつを検証すると、
 解決の方法はいくつもあるのですが、
 黙っていても現状は
 良くなるはずがありません。

 要は、汗を出し、
 かつ頭を働かせないといけないのです。

 簡単に言えば
 立ち止まったら負け。
 なのです。



 富夢創家の木質ペレット燃料ストーブ
 木質ペレット燃料を普及させるため
 周辺機器を充実させています

 私は富夢創家を起業してから
 商いの類の本を貪るように読んできて、
 そして実践に役に立ててきましたが、
 豪商、大商人、長者、大金持ちと
 呼ばれている成功者たちは、
 いずれも他人よりも半歩先を読める先見力、
 不屈の根性、
 正しい金銭感覚を持ち合わせています。

 このことを大阪商人は
 「始末、才覚、算用」と言っていますが、
 この三つが大阪商人の基本哲学であり、
 発想の根源であり、
 商売繁盛の為の心がけであり、
 この三拍子が揃えば
 成功は約束されているはずです。

 このことは現代でも通用する真理であり、
 哲学なのではないでしょうか。



 富夢創家の
 木質ペレット燃料
 発電機システム

 2008年初夏発売予定。
 循環型木質バイオマスエネルギーの構築を目指して
 富夢創家では木質ペレット燃料を使った
 発電システムを開発しています。
 省力化、小型化にチャレンジしています。

 昔、大阪の北浜に
 「懐徳堂(かいこうどう)」という
 有名な学校がありました。

 明治時代の初めまで、
 最後の大阪商人と呼ばれた
 千草屋平瀬亀之助こと露香が
 ここのスポンサーです。

 この懐徳堂からは
 立派な経済学者を輩出していますが、
 そのひとりである升屋家の大番頭、
 升屋小右衛門はこの懐徳堂で学んで、
 山片幡桃と称している。

 そして、

 この懐徳堂の近くに
 「適塾」があったのです。

 昔から大阪の学問と
 教育のレベルが高かったはずです。

 なぜなら大阪北浜の商人は
 町内に文科系と理学系の
 大学を持っていたようなもので、

 だから自信を持って
 商売をしていたはずです。

 商売人が学問を捨てたら破滅です。

 それは、現代の社会でも
 実証しているではないのだろうかとも
 思えてきます。

 変化することに対応できないのは
 学問のない証拠であると
 言い切っていいし、

 実証できるだけの
 学問を身につけたものは
 確信を持って、

 たとえそれが他人から見れば
 無謀に見えても、

 本人は実行に移していけます。

 前例が無いからできないのは、
 頭が固いのではなく、
 学問がないから、
 私には勉強していませんと
 聞こえます。

 また、そういう人は
 誰かが成功した人の実例を
 後追いするだけですから、

 絶対に人より半歩先を
 行くことはないので、
 先見の明はないのです。



 矢崎総業株式会社の森林エネルギー地域循環モデル事業
 ペレット燃料冷暖房装置 焚アロエース 好評発売中!!

● 現代は経済が人の行動規範を決める時代になっています。

 商人自身は空とぼけて、
 難しいことはわかりませんと
 口では言うのだが、

 実際に欲しいのは
 「将来はどうなるのか・・・」と
 先を読む能力ではないだろうか。

 人よりも半歩でも
 先を読むことが出来るなら、
 絶対に商売は成功する。

 先見性に基づいて手を打つのだから、
 儲けは山ほどあるのです。

 この先見性を磨くには、
 当然、経験と勘は必要だろうが、

 しかし何といっても学問を積んで
 底力と実力を養っていなくては、
 一時のあだ花ともなりかねない。

 売るだけの商売人では不合格。

 売って儲けなければ
 商売人ではないということだろう。



 富夢創家の木質ペレット燃料生成機械
 時間当たり2tを生産するプラント
 2008年販売開始。

 同じように
 学問をするだけでは学者ではない。
 学問を人に伝えて
 儲けられるだけの知識でなければ
 必要が無いのです。

 いわば、実学でなければ
 生きていけないのです。

 徳川時代の大阪商人は
 そう信じたからこそ
 学問を大事にしたのです。

 大阪商人は江戸時代、
 幕府の財政の一端を引き受け、
 大名の藩財政の不足を融通し、
 藩の産物を大阪に集中して
 流通経済の成果を上げた。

 その見事な活動を支えたのは
 町人の学問だったのです。

 そして、現代では、
 経済が人の行動規範を決める
 時代になっています。

 それは、

 宗教で人の行動を
 束縛することはできないのを
 見ればわかります。

 簡単に言えば、
 日本人は毎年、12月24日に
 クリスマスを盛大に祝い、

 12月31日に除夜の鐘をつき、

 新年の1月1日から三社参りをして、

 2月3日には節分祭で豆まきをし、

 2月14日にはバレンタインデーで
 愛を告白して、

 3月21日になると春のお彼岸で
 ご先祖参りをするというように、

 もう宗教に囚われていないのです。

 では、政治で
 人を束縛できるかといえば、

 世界で見れば絶対君主が
 一般市民から搾取している国は、
 北朝鮮やミヤンマーくらいで、
 このような政権が未来永劫、
 栄えるかと言えば、

 インターネットで世界中の情報が
 一瞬にして集まる時代では、
 いずれ瓦解するのは
 目に見えているのではないでしょうか。

 日本国では前科二犯の芸人が
 県知事になれるくらいだから、

 一般人は政治に対して
 期待はしてていないともいえます。

 強いアメリカの象徴のGMを追い越し、
 TOYOTAが世界一の製造業になって、
 日本が再び世界中から
 熱い眼差しが向いてくる時代です。

 現在の原油高は、
 アメリカの嫉妬、
 あるいは報復であると
 チョッとは認識していても
 いいのではないかとも思えます。

 戦争をやるにしても
 核ミサイル一発1000億円、
 パトリオットミサイル1000億円、
 ステルス戦闘機1000億円・・・などなど、
 すべてがお金で換算されます。

 お金なしでは戦争をできないので、
 実際にその戦闘期間は
 時代と共に短くなっているのが
 歴史なのです。

 第二次大戦後は、
 益々、経済が重視される時代になって、
 それに連れて一般市民は
 宗教や政治には期待しないように
 なってきています。




 敗戦後の日本の成功が、
 世界のお手本になっているのは
 間違い無いことです。

 21世紀は日本の工業化社会が
 世界中に拡散する時代と
 定義してもいいし、

 このことで

 世界に先駆けて繁栄した日本が、
 一番初めにデフレ経済の洗礼を
 浴び続けている理由でもあるのです。

 過去をふり返り、
 現在に応用することは、

 考えるよりは行動することで
 実証できるようです。




 富夢創家奉賢工場&倉庫
 ドミナント貿易の基地として機能させます。

● 伊達藩を救った山片幡桃。

 伊達藩を救ったのは
 先の山片幡桃である。

 仙台の伊達藩の米は
 庶民の常用米であるから、
 大量に仙台から江戸へ
 船送りになる。

 房総半島の銚子から
 利根川をさかのぼって
 日本橋の本船町に着く。

 山片幡桃は
 伊達藩の米穀輸送を引き受け、
 3回の「さし米」をするだけであった。

 当時、検査のために
 差しを入れた米から抜き出した米で、
 これは鑑定人や仲介人が
 手数料としてとる習慣だった。

 仙台と銚子と本船の3回の、
 さし米は米一表につき一合でも
 年6000両になることを
 腹の中で計算していたから、

 商人の皮算用は武士の比ではない。

 これは現代においても
 自営業の方と公務員の方を
 深く観察すれば、
 その違いがおのずと分かる。

 例えは無謀なようだが
 そう解釈してもいいのでは
 ないだろうか。

 江戸で仙台藩の米の売上代金は
 仙台へ送金していたが、
 山片幡桃は現金を江戸で運用し、
 藩内は藩札で賄わせたから
 藩の財政は直ぐに立ち直ったという。

 寛政11年のころ、
 こうして大阪商人の大番頭が、
 伊達藩の財政を
 無料で立て直している。

 胸算用、
 すなわち暗算能力の賜物である。

 学問の無いところに
 商業は発達しない。

 だから儲けもない。

 学問を捨てたら
 人間が人間でなくなる。

 学問を捨てての儲けは無いと
 心得ることではないだろうか。



 あなたの事業をあなたの手活性化する。
 BBCCは富夢創家の経験を生かした施設です。
 あなたのSPA戦略を応援します。

● 知識が集まるところが栄えるのは自然の理。

 14世紀のイタリア都市では、
 それまで教養書として
 教会に独占されていた「文書」を
 商人が用いると、

 商業経営の合理化、能率化に
 使われるようになった。

 「商業通信文」「商業取引手引書」が
 盛んに作られ、
 15世紀なると図書館も各地に
 新設されたという。

 栄えようとすれば学問という証左だ。

 実際に商機を読んで決断し、
 積極果敢に打って出る冒険商人は、
 あらゆる能力が必要とされている。

 天文、気象、測量、造船技術、
 海賊との戦闘能力、計算能力、
 簿記能力、顧客管理能力など、
 数えれば切りが無いくらいに
 学問が必要となってくる。

 学あるところに財あり。

 現在に通じる正しい教えを
 商人に実感させたのが
 懐徳堂であった。

 このような施設は
 大阪が栄えるに従って
 日本全国に作られるようになった。

 現在、世界に先駆けて
 繁栄する日本であるが、
 その下地がすでに
 江戸時代にあったということである。

 スペインは勤勉なイスラム教徒を
 国外に追放してから
 世界最強の座を追われている。

 勤勉な新教徒を追放し、
 また大学を閉鎖したケルンには、
 観光客がやってくる教会堂はあっても、
 世界で活躍するケルン出身の
 学者もいなければ財界人もいない。

 かつての栄光はそこにはすでにない。

 およそ学問と勤勉を捨てた国家は
 繁栄が無いと歴史は教えてくれる。

 本当の学問のあるところに
 商業が栄え、金儲けがある。

 鉄と石炭という資源が大切なときは
 ドイツの大学は栄え、
 ヨーロッパが栄えた。

 現在は情報が資源の時代である。

 知識が集まるところが栄え、
 財産が形成されて行くのは
 歴史が証明するところだろうし、

 これまでアメリカが栄え、
 これから、まだまだ日本が栄えるのは
 人類の歴史が約束していると
 あなたは思えてこないか。






 現在の流通の主流、SPA戦略!!を自ら構築する。
 貿易は大手の特権ではありません。
 小さいからこそ出来ることがあります。

● あなたにとって好きな仕事を見つけてほしい。

 世間で言われる一般的な常識で
 大きな会社と小さな会社では
 経営のやり方が全く違うことは、
 じゅうぶんに理解している。

 こうして大真面目に
 これからの富夢創家について
 大風呂敷を広げれるのは、
 やっと時代の歯車がまわり、
 富夢創家に追い風が
 吹いているからなのかも知れない。

 また私が日ごろの業務に
 振り回されていて、
 自分の夢や会社の将来像を
 語れないようでは、

 ここまで頑張ってきた仲間たちに
 代表失格の烙印を押されても
 仕方が無いことだろうし、

 結果的には
 誰もついてこないだろうとも思う。

 今回、このような壮大な計画が
 作成でき、また実行に移せることで、
 自分自身を奮い立たせる
 材料にもなっている。

 世界中の国々が
 1945年8月15日の敗戦後の
 日本国を見習って、

 経済を重視し国民を豊かにする
 政策を取るようになり、

 日本が世界に先駆けて
 成長した分だけ、
 混沌とした経済状況に
 なってしまっている。

 バブル経済崩壊以来、
 迷走を続ける日本国だが、

 現時点を観測軸にして
 その将来を予測することは
 非常に難しいことだと思う。

 しかし難しいからこそ、
 私が富夢創家で経験した約11年間が
 これから役に立ってくるはずだ。

 このレポートを読んで、
 あなたが直ぐに行動に移すのか、
 あるいは仲間が成功してから動くのか、

 それとも戯言と無視して
 自分流で動くか、
 それはあなたの考え方だし、
 個人、個人の勝手だから、
 私から強制することはない。

 私がある時期から日本を離れ、
 こうして海外を使うことで
 富夢創家事業が
 活発になってきている。

 周りは勝手に成功者だと
 思ってくれているようだ。

 最近、よく同業者たちから
 「成功の秘訣。」を質問されるが、
 そんなに簡単ではない。

 まだ、まだこれからだと
 気を引き締めている。

 商売を営むあなたは
 「人は好きなことで動く。」と
 知る必要がある。

 これは人の道理だから
 理屈はいらない。

 いわば、未来永劫
 変わることの無い、
 人が生きる真理でもある。

 好きなでない仕事では、成功はない。

 商売人のあなたはこのことを
 肝に銘ずるべきだろう。

 そこであなたは、
 あなたにとって「好きな仕事」とは何か?と
 真剣に考えたことがあるだろうか。

 お金がガッツリ儲かるとか、
 世間でもてはやされている
 華やかな仕事とかではなく、

 損得勘定や打算を抜きにして、
 心から没頭できる仕事に
 なっているだろうか。

 これをやっていると
 寝食を忘れて夢中になれることが
 「好きな仕事。」では
 ないだろうか。

 私は富夢創家が好きだ。

 そして好きだから
 何があってもやり続けている。

 あなたにとって好きな仕事とは
 いったい何なのかを、
 あなたも見つけて欲しいと
 切に願っている。



 高崎山無縁仏塚の前にて事業の発展を誓う。

● 好きな仕事がいいに決まっている。

 大きな会社と小さな会社では
 全く経営のやり方が違う。

 全然別物と言って差し支えない。

 小さな会社の社長が
 中堅以上の企業の手法を真似ても、
 ほとんどが巧くいかないだろう。

 例えば、中小企業家同友会セミナーや
 中小企業家異業種交流会、
 あるいは、これらに似たような
 各種懇談会などの会合に集まって
 こられる経営者の方々を観察していると、

 お互いのキズを舐めあって、
 慰めあって、
 最後は一杯飲み屋で愚痴をこぼして、
 これからも頑張ろうと!と〆ている。

 こんなことをしていても
 目の前の事業が良くなるはずはない。

 それは、本当は理解していても、

 これまでの付き合いで断れずに、
 心のなかでは「何かが違う・・・。」と
 思っている方が、
 大体のところではないだろうか。

 小さな会社には
 小さな会社のやり方がある。

 大きな会社をタンカーに例えれば、
 小さな会社は
 小船かいかだみたいなものだ。

 台風にあっても大きなタンカーは
 ビクともしないが、
 小さな小船やいかだは
 サッサと避難しない限り転覆する。

 最近はハンディナビもあるから、
 昔よりは情報も多く、
 安全になっているが、

 それでも濃霧のときや、
 とっさの判断は自分の勘や経験が
 頼りだったりする。

 大きなタンカーは
 めったなことでは沈まないが、
 それでも沈むときは、
 周りを巻き込んで
 悲惨なことになっている。

 その被害も
 途方も無い数字になっていて、
 万人の想像をはるかに超えている。

 大きな会社は自動車、
 小さな会社は自転車でもいい。

 自動車は砂利道でも
 お構いなく通り抜けられるが、

 自転車は砂利にタイヤを取られて
 転ぶことも間々ある。

 自動車はエンジンがついているから、
 ただアクセルを踏んで、
 ハンドルを操作すればいいが、

 自転車となると
 自分の足でペダルをこいで、
 こぎ続けなければ
 スピードが落ちて、
 最後は倒れてしまう。

 しかも、

 ペダルをこぐのはたったひとりだ。

 荷台に社員や設備など、
 その他、諸々を積めば積むほど
 重たくなるだろう。

 ペダルをこぐのも辛い。

 多かれ少なかれ、
 あなたもこういう経験したことが
 あるのではないだろうか。

 大きな会社と小さな会社では、
 運転の仕方が全く違う。

 何から何まで違うのに、
 世の中に出てくる経営の本や
 ノウハウ、セミナーは
 大企業になるための指南書ばかりだ。

 いま現在の経営には
 使えないことが多いとは
 思わないだろうか。

 それを真似て
 「さぁ明日から頑張る!」と
 叫んでみたところで、
 巧くいくはずが無い。

 それでも、参考に出来ることは
 大いに取り入れて、
 自分の現状に合わせて、

 そして固定観念を捨てて、
 素直になることで、
 あなたの勘違いは減るだろう。

 現在の日本の経済環境では、
 頑張っても報われないと
 思っている経営者は多い。

 バブルの頃は良かったという
 感慨深い声もたくさんあるが、
 昔の栄光では食べていけない。

 これまでは、

 今日より明日、
 明日より明後日と良くなるというのが
 世間一般の通説だった。

 しかし、現在は
 昔のように、頑張っても
 報われないことが多いのでは
 ないだろうか。

 現状の改善が見込めないということは、
 環境が変わったと知るべきだし、

 それよりも

 常識が変わったと
 考えるべきではないだろうか。

 それが理解できるなら、

 これまでの全ての常識を疑って、
 自分を信じて
 自分の信念で行動すれば、
 おのずと道が開けてきます。

 私がそうでしたから、あなたもできます。

 信念を持って行動するのです。
 だから好きな仕事がいいに
 決まっているのです。

 好きこそモノの上手なれ。
 惚れて通えば千里も一里。

 好きな仕事なら
 我が身を捨てて頑張れるし、
 人の評価なんて
 大して気にならないものです。




● 富夢創家ートムソウヤとよんでください。

 工務店の延長で
 セルフビルド・ログハウスの
 供給メーカーを標榜して
 福岡県で始めた事業が、

 起業から4年目で国内生産で
 コストを合わせることが
 困難であると判断し、

 仕方なく(いやいやながら・・・)
 海外で製品を作るようになり、

 それから紆余曲折を繰り返し、
 4年前にようやく落ち着いたのが
 中国・上海市だった。

 なぜ上海市かと問われれば
 商売人は一番景気のいい場所に
 身をおくべき。」という、
 商売の王道に則っての
 判断でもあった。

 (たまたま、そうなった事でもあるが・・・。)

 そして、2006年11月に
 自社工場を上海市奉賢地区に
 持てたのは幸せだった。




 現在の日本国は不況である。
 良くなったと日本国が
 あらゆるデータを駆使して宣伝しても、
 欺瞞に満ちている。

 何故なら、平成の時代になって
 中小企業、個人事業主の
 金策の失敗によるものと見られる
 自殺者が毎年15,000人いて、
 増えることはあっても
 減ることはないからだ。

 優秀な責任感のある人たちが
 毎年、15,000人も自殺する国が
 私たちの日本だ。

 これに危機感が無い
 日本国政府はおかしい・・・と
 思わないか。

 戦後の高度成長期に培われた
 成長のシステムが
 機能しなくなったことによる
 構造不況なのだが、

 中小企業、個人事業主
 (以下、商売人たち)の
 明日の希望が見えない悲惨な状況は、

 富夢創家が創業間も無い時に
 経験したことでもある。

 だからこそ
 私にはその解決方法がある。

 その解決の方法とは、
 これまで私が富夢創家で辿った
 数々の経験を開示することだ。

 現在、デフレスパイラルの経済環境下で
 「やっても、やっても報われない。」
 解決の方法が見えない、
 明日に希望が持てない
 蟻地獄で苦しんでいる人たちへ、

 富夢創家の経験を語り、
 その脱出の方法を示すことで
 少しでもお手伝いが出来れば
 幸いなことだと思っている。




 富夢創家は、アメリカの小説の
 「トム・ソーヤの冒険」から
 ネーミングしている。

 腕白でもいい、たくましく育って欲しい・・・
 少年の頃に夢見た冒険がベースだ。

 少年時代に
 浜の向こう側にある島をさして、

 友達と小船に乗りこみ、
 「あの島に行こう!」と
 必至になった経験がベースだ。

 近所の裏山の桜の木に登り、
 街を眺め、将来の夢を語っていた。

 「トム・ソーヤの冒険」は
 物語の最後に、
 主人公のトム・ソーヤと
 親友のハックルベリーが
 幽霊屋敷で宝箱を探し出し、
 大量の金貨を手に入れて終わるが、

 私は現在でも
 「私の宝探し」の現在進行形だ。

 できることなら、
 私の人生が終わるまでに
 「私の宝」を手に入れたいと思っている。

 これから富夢創家に集まってくる
 仲間たちにとっての金貨は
 何であるのかは解らないが、

 それぞれの人生において
 大きな金貨が手に入ることを
 切に願っている。

 富夢創家はいい名前である。

 誰が聞いても直ぐに覚えてくれる。
 そして漢字を見れば
 建設関係の会社だと理解してくれるのが
 まったく、ありがたい。

 また、どこかで聞いたことがあるので、
 歴史のある会社だとも
 思ってもらえる。
 
 暴走族みたいとか、
 インチキだとも言われたが、
 それはご愛嬌だ・・・。

 富夢創家は読んで字のごとく、
 富かな、夢を、創造する、一家である。





 富夢創家は1996年2月10日
 工務店から始まっている。

 4年後に貿易業に
 転進したといっても、
 基本はいまでも建設業だ。

 創業時からの商品に
 ログハウスがある。

 エントリー商品のミニログもあるが、
 2008年から本格的に
 ログハウスを販売する計画で、

 全国で年間500棟を
 販売目標にする。

 このログハウスに良く似合う
 ガーデン商材やカントリー家具も
 これまで通り販売する。



 富夢創家は2008年で12年目だが、
 起業してから幾度となく
 「もうダメだ〜。」と諦めかけた。

 その度に対応し、変化してきたのだが、
 いまこうして存在しているのは、
 建設業に捉われなかったからだ。

 柔軟な思考で変化に対応したことで
 「何とかなった。」

 もしあなたが、現在の経済環境で
 「頑張っても報われないかも知れない。」と
 思っているなら、チョッとだけ

 ほんのチョッとだけ視点を変えることと、
 そしてフィールドを広げることで
 何かが見えてくる事があると知ってほしい。

 やり方が分かれば、後は行動するだけだ。

 常識に捉われていては、
 なかなか行動に移せない。

 ただ何となく流されて
 「景気が悪いから商売が巧くいかない・・・。」とか
 「政府が何とかしてくれるだろう・・・。」と
 愚痴っているのが、
 商売が巧くいかない原因にもなっている。

 現在の日本は、
 有史以来モノの値段が下がる、
 モノが余っているデフレ時代で、

 敗戦後45年間続いた
 インフレ時代の常識は
 全て変わったと認識して、

 もう誰かにすがるような商売は
 直ぐに辞めることだろう。

 富夢創家に集まっている仲間たちは、
 そのことを十分に理解している。





● 毎年1万5千人もの有能な経営者が自殺する時代。

 1997年山一證券が自主廃業、
 北海道拓殖銀行が破綻し、
 その後、大手デパートそごうが
 倒産していくなか、

 大手自動車メーカーの
 日産自動車も倒産の危機に
 陥っていきます。

 大手といえども倒産するという
 現実を見せられた1999年です。

 振り返れば、このときが敗戦後
 日本が営々として築いてきた
 経済の成長路線が終わったと
 解釈できるのではないでしょうか。

 平成に入って18年間、
 自殺者は3万人を切ることはありません。

 そのうちの半数が経営者です。

 自殺した経営者の、
 その自殺の主な理由は金銭によるものと
 思われるという警視庁の発表を読むと、
 正直、辛いものがあります。

 自殺して保険金をもらって
 損失の穴埋めをしようとでも
 思ったのでしょうか。

 この世に未練が無い人などいません。

 自殺できる人は、
 本当は勇気のある人なのです。

 ある意味、有能な人たちであって、
 しっかりと方向を示せば
 立ち直れるはずなのです。

 私も自殺した彼らと同じように
 ニッチもサッチもいかなくなって、
 死ねば楽になるだろうにと、
 何度も思いました。

 富夢創家を起業してから
 幾度も、そういう危機にあっています。

 富夢創家はもう終わりだと
 周りから言われる度に、
 ひとまわり大きくなって
 リ・ビルドしています。

 日本国を支える中小企業、個人事業主
 (以下、中小企業)です。

 全産業の90%が中小企業です。

 その中小企業を経営する経営者が、
 毎年15000人以上も自殺する国が
 他にあるでしょうか。

 私には、この国の将来に
 暗澹たる思いがします。





 日本は景気が良くなっている、
 戦後、最長の経済成長をしていると
 云われていますが、
 果たしてそうなのでしょうか。

 私にはおとぎ話か
 戯言にしか聞こえないのです。

 工務店時代の仲間たちに
 話を聞く機会があったのですが、
 その建築単価は20年前の水準まで
 落ち込んでいるといいます。

 また最近の材料原価の値上がりもあり、
 かつ職人さんの人件費は
 高い水準のままで下がることはなく、

 私が客観的にみても、
 とても経営になる状態ではないです。

 その声は悲痛です。

 建設業に従事する人は
 全人口の30%です。

 また、工務店や建設業を営む
 事業所の数は、一説によると
 タバコの自動販売機の数よりも多いと
 言われています。

 先進7カ国と比べても
 人口比で2倍です。

 昨今の経済環境による
 税収の落ち込みで公共工事も減り、
 また民間工事も減り続けています。

 また、データ改ざん事件、
 リフォーム詐欺事件などの
 不祥事が続いたことで、
 国の機関の検査も厳しくなり、
 許認可が下りにくい状態で

 一部のマスコミでは
 官製不況とも揶揄されています。

 ダンピング競争が激しさを増し、
 収益の出にくい構造の中
 その対応に微々たる利益を
 拠出せざる得ない状況なのです。

 このままの状態が続くけば、
 業者の数を減らすか、
 もしくは仕事を半分にしても
 経営が成り立つようにしなければ、

 いずれ全人口の30%の半分が
 路頭に迷う事態にも
 なりかねないようです。

 建設業ばかりではありません。
 多くの産業や商店街が
 同じような悩みを抱えています。

 私には敗戦後45年間も続いた、
 経済の高度成長が
 いまだに日本国全体を
 縛っているように見えます。




 この45年間は薔薇色の時代で、
 頑張れば報われた時代でした。

 今日より明日、明日より明後日と、
 ただ我武者羅に働ければ
 幸せになれた時代でした。

 それが、

 バブル経済が崩壊し
 それまでの常識が通じなくなり、
 途端に、先行きが見えなくなり、
 七転八倒しているのが、
 現在の日本の姿です。

 ここで何回も言います。
 
 日本人は人類史上、
 はじめてモノが余る時代になって、

 モノの値段が下がり続けるという
 デフレスパイラル経済を
 経験しています。

 ですから、

 商売人もこの時代に合わせて
 変化する必要があるのです。

 頑張っても報われない・・・
 かも知れない時代であることを
 肝に銘じて、

 それでも

 私たちは生きていかなければ
 いけないのですから、

 これまでの成功体験や
 その常識を疑うべきなのでは
 ないでしょうか。




 2006年10月に、運よく自社工場・倉庫を
 ここに持てたと思っているが、

 その隣接地に
 BBCC(ビッグ・ビジネス・チャンス・シティ)を
 準備している。

 これから富夢創家の中心事業に
 育てていく方針だ。

 しばらく時間を要するだろうが、
 この施設が、現状の日本の経済環境に、
 明日に希望がなくなった商売人たちへの
 富夢創家からの解答のひとつだ。




● ヤミ金融。

 2006年のニュースになるが、
 70歳を過ぎた夫婦が借金苦で自殺した。

 年金を原資にして
 街金と言われるヤミ金融から借金をして、
 結局、返済できずに、
 この世を怨んで亡くなったたであろうと
 推測できる記事が印象に残っている。

 こんな悲劇が日本のどこかで
 今も繰り広げられているのでは
 ないだろうか。

 ある女性が37,000円を街金から借りて
 わずか47日後に利息として
 93,000円を巻き上げられた。

 法定金利をはるかに上回る犯罪だが、
 警察はこういう事件に対しては
 凶悪事件か、死者が出るまで、
 なかなか腰を上げることはない。

 警察は民事不介入が原則と聞く。

 膨大な犯罪件数からすれば、
 枝葉の事件まで処理するには
 人手不足ではないだろうか。

 減り続ける税収が
 国家予算の台所に
 直撃している。
 
 余談だが、

 年末年始や、ボーナス時期の
 突如目覚めたような
 交通違反の取り締まりは、
 社会正義ではなく、
 国庫のお金(税金)が少ないので
 違反金(罰金)で補って、
 給料に企てる計画かいな・・・と
 別の見方で想像したりする。

 法定金利をはるかに超えても、
 お金を借りなければ生活できない。

 モノがたくさん有り余って、
 どの国より幸せであるはずの日本で
 実際に起きている悲劇である。

 ダイレクトメールで全国に勧誘し、
 法律では60円しか利息が取れないでも
 16万円を取り上げた例もある。

 電話ボックスや電柱に、
 50万円まで即融資。
 保証人不要・・・とある。

 借金の取立てに追われる身には
 天使の声に聞こえるだろう。

 こういうのを信じてはいけない。

 多重債務と言う地獄の門であり、
 その取立ては苛酷を極める。

 70歳を過ぎた夫婦ではないが、
 その責め苦に
 死を選ぶ人が後を絶たない。




 一般に巧くは伝わらないが、
 私は富夢創家と興泉庵の
 二足のわらじを履いている。

 真言密教醍醐派は
 お布施を金品に頼ることなく、
 自分の食い扶持は
 自分でつくるという教えだ。

 私の場合はこの教えに従って、
 富夢創家を始めたわけだが、

 その起業時に、上海に拠点を置いた
 加工貿易業をするとは
 考えてもいなかった。

 日本へ頻繁に出張し、
 富夢創家事業を拡大、
 発展させているのは

 良いことは良いと広く伝えよ・・・という、
 御仏に仕える者にとっての義務で、
 施しの法でもあるのです。

 正しい先祖供養は繁栄の原理と説く
 近代墓相学を実践する
 興泉庵の主幹を引き受けるのも、
 すべては 人助け だからです。

 富夢創家が正業で、
 興泉庵が副業だと言われる方も
 いらっしゃいますが、
 そうではありません。

 どちらも 人助け ですから、
 しばらく封印していた近代墓相学も、
 最近は力を入れている。

 商売人は一般とは違う。
 人が幸せと思える三原則を理解し、
 実践することで、
 最悪のことにはならない。





● ああ・・・カード、ローン破産!